国際瀧冨士美術賞の第41期は新型コロナウイルス感染のために授賞式を取り止めました。その代わり東京都内の4つの美術・芸術系大学の受賞者と推薦教員の少人数をお招きして座談会をもち、受賞した感想や将来の抱負、新型コロナウイルス禍における制作などについてお話をうかがいました。(取材日・2020年11月)

(2020年11月19日、当協会大会議室にて。集合写真撮影時のみ、マスクを外しています)
出席者
<41期受賞学生>
小林このみ(武蔵野美術大学彫刻学科)
グランプリ受賞
安部祐生(多摩美術大学絵画学科油画専攻)
優秀賞受賞
荒川弘憲(東京藝術大学先端芸術表現科)
優秀賞受賞
キム・ジョンウ(日本大学美術学科彫刻コース)
優秀賞受賞
<41期推薦教員>
伊藤誠(武蔵野美術大学彫刻学科教授)
<司会>
永田晶子(美術ジャーナリスト) (敬称略)
永田 皆さま、受賞おめでとうございます。今年は新型コロナウイルス禍という未曽有の状況下で制作されたと思いますが、どの作品も個性にあふれ、頼もしく感じました。まず受賞の感想や作品の制作意図を、グランプリを獲得された小林さんからお聞かせください。国際瀧冨士美術賞でインスタレーション作品がグランプリに選ばれるのも、武蔵野美術大学の学生のグランプリ受賞も小林さんが初めてです。

小林 驚きが先に立ってまだ実感がわきませんが、グランプリまで頂けて本当にうれしいです。受賞をステップに卒業制作、そして今後の作家活動へとつなげていけたら思っています。
作品『快適なくらし』は祖母が住む団地をモチーフにしたパフォーマンスを含む作品です。かつて団地はステータスでしたが、現在は老朽化してバリアフリー化が進んでいます。そこで暮らす人間の姿を堂々として美しいと感じたのが制作のきっかけになりました。日用品を組み合わせ室内のように設えた空間で、祖母をイメージした人物が踊り、少し物語性もあります。インスタレーションに取り組んだのは3年生からで、本格的な作品はこれが初めてでした。
もうひとつ応募作品『愛犬かと思ったら冷蔵庫だった』はコロナ禍により大学がオンライン授業だった時期につくりました。父と飼い犬の不思議な距離感に注目して幾つものオブジェに落とし込み、私の部屋に配しています。日常と非日常がないまざる感じを出したいと思いました。
永田 キムさんは韓国のご出身ですね。今回は日本の大学生としての受賞です。

キム 5年前から日本に留学しています。3年生の時に一度休学し、韓国で兵役に従事して昨年復学しました。受賞できて大変うれしく思っています。
『dog』は2年生の時に犬と人間の関係を考えながらつくりました。人間にとって犬は犬だけど、果たして犬は自分をどう認識しているのか。犬は人間を自分と同じ種だと思っていると聞いたことがあります。そうした不可解さを、キリスト教の三位一体から発想した形に託しました。制作では人間の認識を超えるものをつくりたいといつも考えています。
『midori#3(1)』は今年の春ごろの作品です。コロナの影響で大学が閉鎖され、自室で制作していた時期に制作しました。緑色の素材は切り花を挿すフローラルフォームです。自室では石を削るのは難しく、扱いやすい素材を探して見つけました。フローラルフォームは人工的に製造された、いわば土の代替物です。それをあえて山を想起させる造形に仕立てることで、そこにない「自然の豊かさ」へ思いを馳せてもらう狙いもあります。

安部 受賞は正直驚きでしたし、学外の方に評価して頂いて少し安心もしました。
『花と焔』は昨年10月末の首里城火災事件に衝撃を受けて描きました。高校生の時に訪れて以来、首里城に思い入れがあったので、ニュースの映像はショッキングだったし、落ち込んでいた気分がさらに追い詰められてしまいました。首里城火災事件を忘れまいと最初は描いていたが、何かしっくりこない。そんな時、拾ったドライフラワーに「救い」を感じて、花を構成して描き直しました。最近は「土壌をつくるように絵をつくりたい」と考え、植物や土をモチーフにしていますが、この作品はこの考えの原点となった作品でもあります。

荒川 『Light Stop』は一見、石に人工物が埋まって見えますが、実は石の形状に合わせ人工物を削り、埋没しているような視覚効果を持たせた作品です。奈良の正倉院を訪れた時、建物を支える柱を刻んで礎石にピタリと合わせる「ひかり付け」を知り、インスピレーションを得ました。僕は「風景」に惹かれていて、風景にどう介入するか、或いはどこまで介入したら風景を支配できるかといったことに関心があります。作品を通じて、人間の意志と外側の世界の関係性を探ったり、ほぐしたりできたらと考えています。
永田 今期推薦教員をお願いした伊藤先生は小林さんを含め多くの学生を指導してこられ、同時に一線の彫刻家でいらっしゃいます。受賞作をどうご覧になったか、また国際瀧冨士美術賞とのかかわりを教えてください。

伊藤 皆さんのお話は共感できる部分があります。彫刻は特異な「場」をつくりだす芸術で、特にキムさんの「認識を超えるものをつくりたい」という言葉に共感を覚えました。小林さんの『愛犬家と思ったら冷蔵庫だった』はカリキュラムの一環として、通常4年生は学内のギャラリーで本格的な展示を行いますが、今年はできず、代わりにオンライン上で発表の場を作ってもらいました。小林さんの作品は複雑な行為の積み重ねの、とても手が込んだインスタレーションですが、ぱっと見は何だかよく分からない(笑)。本人の意図を超えた、謎の空間になっています。それが特異な「場」が生まれることに繋がっているのではないでしょうか。
他の受賞者の方の作品も謎を抱えている点が共通していますね。その謎は制作を止めれば「訳が分からない」ままですが、作家活動を続けていけば自分の表現の核心になる可能性を秘めているように思います。
この賞とのかかわりですが、実は第1期瀧冨士美術賞(1980年)を受賞した彫刻家の青木野枝さんは僕の同級生です。当時から賞の存在を知り、社会に出ていく4年生に意義がある重要な賞だと思ってきたので、これまでも学生に応募を勧め、何人か推薦したことがあります。

永田 4年生は卒業制作に取り組んだり、進路を考えたりする大事な時期です。コロナ禍で大学が閉鎖された期間、どう過ごされましたか。また、その影響をどう受け止めていますか。
キム 前期は全てオンライン授業になり、学内のアトリエに一度も入れませんでした。後期は対面授業が再開され、アトリエも使えるようになりましたけど、一日中マスクを着けているのはつらいですね。彫刻は体を使う作業が多いし。
小林 本格的な展示が大学ギャラリーで出来ると思って意気込んでいたし、外部での展示も計画していたのに、すべて中止になってガックリしました。ただ同時に肩の力が抜け、家庭内の細かい所に目がいくようになりました。元々、個人的な事から発想することが多いので、自分の制作を見つめ直す機会になったと思います。『愛犬かと思ったら冷蔵庫だった』も父や犬と過ごす時間が増えなかったら、絶対にできなかった作品です。
安部 学校が再開されたのが9月後半くらいで、それまでずっと家で制作していました。その間、コロナ禍の前に買ったブルーベリーの木を世話して、花が咲いて実が付く一連の流れをテーマに作品を描きました。人と会わないからこそ、植物を通して自分自身と向き合えた印象があります。変に無理した作品はつくらなくなったように思います。
永田 小林さんと言われることが似ていますね。外部からの情報が限定され自身や周囲と向き合えた結果、無理せず素直に作品がつくれるようになったということでしょうか。
安部 多分、そうだと思います。

荒川 緊急事態宣言中は社会システムがストップした中で、僕個人はさまざまな時空の体験ができた気がします。例えばオンラインで授業を受けたり、高速道路がガラガラでアッという間に目的地に着いてしまえたり。僕は東京藝大の取手キャンパス(茨城県取手市)に通っているんですが、10月に再開された学食では実験的な仕組みが導入されました。
永田 どのような取り組みですか。
荒川 ランチメニューの価格が一律ではなく、「どのくらい美味しいと感じたか」や懐具合に合わせて学生が自分で値段を決めて払う仕組みです。レジも無人の電子決済になりました。経済的なことで言えば、一律10万円の給付金や各種の補助金に助けられた若手は結構いるようです。労働の対価としてでなく、〝流れ〟を生むために資本が投下される仕組みは興味深いです。
永田 指導する立場の伊藤先生はいかがでしたか。
伊藤 オンラインでの実技指導に当たり、三つの点を特に意識しました。一つは身の回りの環境に目を向けたり、身近な素材を使ったりして制作する。二つめは予想外の出来事に対処できるようにする。三つめは伝達方法や発表の仕方を考える。いずれも彫刻の特性に由来するので、学生がしっかり考えるきっかけになればと思いました。
日本の美大の彫刻科は「素材ありき」の傾向が強いのですが、大学が一時閉鎖され、設備や場所、必要な素材が使えなくなりました。一方、オンラインで「素材とは何か」「制作プロセスとは何か」といった根本的な問題を話す機会が増えたのは良かった。学生との個人ミーティングの時間も増えたので、制作プランの段階で徹底的に詰めることができました。もっとも武蔵美は6月半ばに対面授業が復活したので、それ以降は対面とオンライン併用になりましたが。
永田 本日は受賞者の皆さんに新作を持ってきて頂きました。それぞれの作品のコメントと、今後の進路についての考えをお聞かせください。

小林 こちら3点はいま取り組んでいる卒業制作のスタディーです。家では飼い犬に服を着せているのですが、それに対する違和感を研究して作品化する計画です。まだ最終形は分からないのですが、試行錯誤するうちに見えてくればいいなと。進路は大学院進学を考えていて、その後は作家活動をしていければと思っています。

キム これは山をモチーフにした鉄の彫刻のエスキース(下絵)です。今年の夏、山の真ん中で1カ月ほど暮らす機会があり、山中と遠目で全く違って見える山の捉えどころのなさに触発されました。今後は日本の大学院進学を希望しています。

安部 この絵は自分で育てたブルーベリーを描いた最後の作品です。自分を投影して自画像のように描きました。現在取り組んでいる卒業制作はこのシリーズと全く違うモチーフに取り組んでいます。僕も大学院進学を考えています。進学後はレジデンス(滞在制作)にも挑戦したいので、いろいろ調べています。

荒川 受賞対象のインスタレーション『Light Stop』から数点持ってきました。これはゆであずきの缶、こちらは携帯電話を石に埋まって見えるように削っています。僕も大学院を志望していますが、同時にアーティストとしてどう生きていくかに関心があります。行動を起こして、いろいろな人とつながり、自分の居場所をつくりたい気持ちが強いです。自分の生き方と制作が重なるような環境にいつかたどり着きたいと願っています。
永田 最後に伊藤先生からひと言、受賞された皆さんにアドバイスをお願いします。
伊藤 今後10年は長く思えるかもしれませんが、実際はアッという間です。その間、地道に頑張れば道は見えてくると思います。制作を続けていると、後から「自分はこれをやってきた」と分かることがあります。私もそうで、いまでも昔の作品を引っ張り出して、お見せする時があります。皆さんの作品は「謎がある」と申しましたが、自分の意図を超える領域は、挑戦したり、環境を変えたりすると見えてきますので、ぜひいろいろな事柄にチャレンジしてください。作家同士、また皆さんとお話しできる日を楽しみにしています。