札幌駅「黎明」
れいめい
ステンドグラス

ステンドグラス「黎明」 原画・監修:国松登
札幌駅 エスタ1階南側通路 1988年11月3日完成 協賛:北海道旅客鉄道株式会社、伊藤組土建株式会社、札幌日産モーター株式会社、ニッカウヰスキー株式会社、株式会社 北海道拓殖銀行、株式会社 丸井今井 原画を見る

制作風景

作家より

国松登洋画家『21世紀に架ける』
もしも日本の敗戦が無かったなら、私には永久に流氷を主題とした作品など生まれなかったかもしれない。
わが家は明治の半ばか秋田から津軽海峡を越えて北海道に渡り、函館に住みついたが、何回かの大火に見舞われて小樽に移住した。
父は晩年巡礼者となって南の地に求道の旅をつづけたが、戦後40年私は敗戦に荒れた北の地を足裏に冷たい流氷を感じながら今も歩みつづけている。
敗戦の虚脱と混乱期、私は眼のない魚となって海底に身を沈めた。――ふと浮び上ったのは動物の足跡一つない広い雪原であった。
来る年も、来る年も冬が近づくと雨が降り、霙となり、美しい雪がしんしんと降り積もる。○(くろず)んだ流れに綿帽子を載せた小川の石たち、この辺りも何時の間にかフクロウの啼く月夜にはキタキツネが横切る風景なども見られるようになった。
すぐ近くにオホーツクの海が見えはじめ、沿岸の湾という湾に流氷が侵入し、やがて氷の上に氷を押し上げ、その上を吹雪が走り、また氷が押し上げられて沖までの氷原帯をつくる。
月の夜私はこの岬で愛の氷人に遭遇し、流氷の虜となった。
戦前の日本は貧しく、北国の冬は一段と厳しかった。朝、目が醒めると窓には太い氷柱(つらら)が垂れ下がり、窓の硝子に美しい氷の華が咲いた。
窓ガラスに展開する美しい氷紋、子供の頃は、この氷紋から豊かな幻想が生まれた。
北国の冬は瞑想の季節であるが、春を育む期待の季節でもある。やがて訪れる北方の黎明期にほのかな光と希望が生まれ、21世紀がほのぼのと明けようとしている。
ステンドグラス<黎明>は私の「氷人」「氷上のひと」など一連の作品である。
ステンドグラスの性質(鉛の接続線)上、平面化に重きを置き、背後からの光を配慮したが、光線が無い時も壁画としての絵画的画面効果も上がったと思う。

作品によせて

美術評論家
酒井忠康
画家には立ちどまる風景がある。それは風土といいかえてもいい。つよく感受すべきものがあるから立ちどまるわけだが、しかし、それはけっして手を延してつかまえられるようなものではない。古代のケルト人は、風景は近づいたりすれば、その距離だけ遠のいてしまうといったように、はなはだ厄介な相手なのである。時間をかけて、ゆっくりと対応しないかぎり、みえてこないのは当然であるが、ひたすら待っても姿をみせるとはかぎらない。
いうなれば、それが心象の風景なのである。自然は輪郭をもたないから、形や色を発見する行為を通じて、画家はそれを定着させなければならない。
国松登氏の仕事の多くを見る機会があって(札幌と東京を巡回した1985年の回顧展)、わたしは透明な色彩と造形感覚の新鮮さにうたれたことがある。詩的余韻といってもいいが、俗にいわれる詩的な絵という謂ではない。それは、造形の昇華の果につれだされた魂が、深い沈黙を誘い、一種、荘厳な雰囲気を醸しだしている世界であった。
甘い詩情は北の風土に似合わない。ひとりよがりの内省の鏡もまた壊れやすい。心の養いかたにおける国松登という画家の、驚くべき忍耐力と自然に対する謙虚さのなかに、それは芽生えた世界である。絵に象徴的なかたちで出現する海、山、川、湖、樹々、流氷、そして動物たち――知恵の使者としてのフクロウ、愛の証としての人間――など、いずれも画家の、自然のなかに発見した親和を物語っていて、清々しい印象をうけたのを想いだす。
画家の心象の推移には、瞑想的な世界から陶酔的な世界に変わる瞬間もある。国松氏の絵に、どこか浄化された霊気のようなものを感得した理由であるが、こんどの巨大なステンドグラスの「黎明」は、そうした心象の推移を如実に物語るものとなっている。
陶酔は生命の讃歌であり、光はそのきっかけをつくるものである。「黎明」が一種の楽園を想起させるとすれば、それは自然と人間との終局の風土に予感する画家の平和への祈りと解してさしつかえない。魔術的な光の着想を介して、画家の心象の風景は、いっそう神秘的なものとなったといっていい。微妙な光彩のなかに立って、あらためて国松登という画家の、その観照の世界をわたしは訪ねてみたいとおもっている。

JR北海道 代表取締役会長
東条猛猪
駅は巨大な重量の列車が轟音をたてて発着する。都市の駅は慌ただしい喧騒・雑踏・混濁の無機質の空気が渦巻いている。そんな中で、ふと駅の空間に心に泌みる画を見出せば、束の間の潤いや安らぎを覚えるであろう。
駅は旅路の終末でもある。人は未だ見ぬ土地の駅に降りたった時、めいめいの心にそれぞれのイメージを抱きつつ歩みを進めるであろう。その時若しその土地のエスプリを表現する画を目の当たりにすれば、方寸の映像はより鮮明となるであろう。
駅はその土地の玄関であり顔である。文化の地を以て任じようとすれば、駅も亦文化の香りを放つべきである。その地の文化を示す画を駅で見出すとき、人はその地の文化を再発見するに違いない。
駅の画はステンドグラスの作品であって欲しい。ステンドグラスに私は思いがある。ヨーロッパのいくつかの教会の中で、静かな歩みをとめて仰ぎみた窓の、ステンドグラスの美しさ、又、そこを透して洩れてくる日光の色の貴さと神々しさに心を打たれ、巨大な建築とステンドグラスの調和を感じたのが忘れられない。
今私たちは汎ゆる面で独自性を求めている。駅に揚げられる画は、独自の北海道の時と所と人と風物の流れを象徴するものであって欲しい。そして北海道と深い縁のある画伯の作であることが望ましい。
今回新しい札幌駅の乗降客の多い階段の正面に掲げられた、大きなステンドグラスの画・国松登画伯の作「黎明」は、正に上に述べた諸々の願望を叶えて余りあるもので喜びに堪えない。

札幌市長
板垣武四
待望の連続立体交差が開通し、それを記念して、新装なった札幌駅で、北海道を代表する画家・国松登氏制作によるステンドグラスが披露されますことは誠に喜ばしく、心からお祝いを申し上げる次第です。
札幌駅周辺は以前から、北海道の旅客、貨物輸送の拠点として、また一大商圏として、札幌市の発展に重要な役割を果たしてきましたが、同時に、大量の人と物が集まり、その円滑な流れが大きな課題でございました。
それがこのたび、高架化が実現したことによって、線路を境に南北に分断されていた道路網が接続し、交通機能が著しく向上することが見込まれております。また、周辺の都市活動も促され、地域の再開発に一段と弾みがつくことと大いに期待されています。
現在、札幌駅の一日の乗降客は約十万人と多くございます。札幌駅が「札幌の表玄関」として、札幌市民はもとより、広く道内外の方々にも親しまれていることが、この数字からも窺えると思いますが、これからも、近隣地町村の人口増大、また国際化の進展に伴い、札幌を訪れ、駅を利用される方は確実に増えることが予想されましょう。
そうしたなかで、北国の詩情に溢れた、彩り豊かなこのステンドグラスは必ずや、駅舎内を忙しく行き交う人々や旅に疲れた観光客に、一時の安らぎを与えるとともに、新生札幌駅のシンボルとして、また、誰の心にも残る印象的なランドマークとして、大勢の皆様に永く愛されることと信じております。

作品データ

原画・監修国松登 企画日本交通文化協会
場所札幌駅 エスタ1階南側通路 マップ 製作現代壁画研究所(現 クレアーレ工房)
設置時期1988年 11月3日 協賛北海道旅客鉄道株式会社、伊藤組土建株式会社、札幌日産モーター株式会社、ニッカウヰスキー株式会社、株式会社 北海道拓殖銀行、株式会社 丸井今井
種類ステンドグラス ニュース
サイズ縦 4.1m × 横 13.2m
キーワード流氷

作品データ

原画・監修国松登
場所札幌駅 エスタ1階南側通路 マップ
設置時期1988年11月3日
種類ステンドグラス
サイズ縦 4.1m × 横 13.2m
キーワード流氷
企画日本交通文化協会
製作現代壁画研究所(現 クレアーレ工房)
協賛北海道旅客鉄道株式会社、伊藤組土建株式会社、札幌日産モーター株式会社、ニッカウヰスキー株式会社、株式会社 北海道拓殖銀行、株式会社 丸井今井
ニュース

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